4、だまされるな ! 袈裟 (けさ) と仏教用語に
――お墓は仏教の専売特許ではない――
● 墓は仏教の専売特許ではない
「お墓は仏教の教えに即してつくらなければならない。仏典にちゃんとのっている」などといわれると誰しもそうだと思ってしまう。
歴史をみると、たしかに、大陸から伝来した仏教により、日本の先祖祭祀の習慣は形成されている。
しかし、今日では、生前中のお釈迦様は、霊魂の存在や死者儀礼については否定的であったことが、明らかにされている。
作家で尼僧の瀬戸内寂聴さんは、このようすを次のように書いている。
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仏教の開祖・釈尊は、弟子の一人が、「如来の遺骸はどのようにしたらよろしいのでしょうか」と尋ねると、「そんなことを心配しなくていい。それよりもお前たちは、真理ののためにたゆまず努力しなさい。如来の遺骸につていは、在家の信者たちが供養してくれるからまかせておけばよい」と答えている。
釈尊の開いた仏教というのは、葬式仏教ではなくて、この世をいかによく生きるかという為の真理を追究して修行することであった。その結果として完成した人間としての仏陀に到達するのが仏教の目的であった。したがって出家者は在家の人たちの葬送は許されていなかったのだ。ただし、父母の死だけは特別であった。
自分の死については、「この世は無常で、生あるものは必ず滅びるのが道理である。自分の死もこの道理を身を以って示すものだ。悲しむな、私の亡き後は説き残した法
(のり) を師としてつとめよ」と説いている。
釈尊の死骸は火葬され、遺骨は八分されて、各国の王が持ち帰り、ストウバを建てて崇拝の対象としている。釈尊の遺志の外の出来事である。
わが国の高僧たちの葬送観を見ても葬礼に重きを置いていない。
日本天台宗の開祖・伝教大師最長は、「我が為に仏を作る勿 (なか) れ。我が為に経を写す勿れ。我が志 (こころざし) を述べよ」と遺言している。
浄土真宗の開祖・親鸞 (しんらん) は、「某 (それがし) 閉眼 (へいがん) せば、加茂川に入れて魚に与うべし」といい、曹洞宗の開祖・道元は、「死者の追善法要などの儀式は在家の人のやっていることで、禅僧は、父母の恩は忘れてはならないが、特定の日に父母の回向
(えこう) の儀式を行うことは、釈尊の真意にそわない」といい、時宗の開祖・一遍は、「葬礼の儀式をととのふべからず、野にすててけだものにほどこすべし、ただし、在家のもの結縁
(けちえん) のこころざしをいたさんをば、いろふにおよばず」と遺言している。在家の人が供養したいというならさせておけ、ということである。
日本の仏教が葬式専門のようになったのは、江戸時代に檀家制度 (だんかせいど) が定められたからで、墓を庶民が建てるようになったのも歴史は浅いのである。
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このように、本来の仏教は、いわゆる葬式仏教ではなかった。では、どうして仏教が先祖祭祀を行うようになったのであろうか。
インドから中国に入った仏教は、中国社会に定着するために、親への忠孝を説き先祖祭祀を尊ぶ儒教と習合せざるを得なかった。
たとえば、儒教の神主 (しんしゅ) (魂をよりつかせる板) が仏教にとりいれられて位牌 (いはい) となった。遺体や遺骨を丁重に葬る墓づくりは儒教が重視する葬礼の一段階であるが、これもとりこんだ。
この先祖をまつる中国化された仏教が日本にもたらされ、日本人は、人の死後をまつることを覚えたのである。
さらに、先祖祭祀の習慣を決定づけたものは、江戸時代の檀家制度であった。
江戸幕府は、キリスト経を排除するために、すべての日本人に、仏教寺院の檀家になるよう強制し、その結果、仏事として先祖供養の習慣がうえつけられたのである。
いまはもう檀家制度はない。しかし、習慣的にはその延長線上にあるので、いまだに「葬式と墓は仏教の専売特許」と思われている。
先祖供養に影響力をもったお経に「父母恩重経 (ぶもおんじゅうきょう) 」や「盂蘭盆経 (うらぼんきょう) 」などがあるが、今日では、これらのお経はみんな偽
(にせ) の経典であることも解明されている。
このように、大陸伝来の仏教は、日本人に先祖祭祀の大切さを教えた。だが、正統仏教は、先祖祭祀の宗教ではなかった。なんとも皮肉な話しである。
したがって、「墓は仏教の専売特許」というのは、正しい認識ではなく、私たちの壮大な思い込みにすぎないのである。
実際問題、お寺には、葬式の儀軌 (ぎき) (ノウハウ) はあっても、お墓の儀軌 (ノウハウ) はない。
お坊さんも、このことは、熟知している。だが、声高に、世間に知らしめようとはしない。葬式仏教といわれるように、大方の僧侶は、人の死後を供養することにより、そのお布施で生計を立てているからだ。
見識あるお坊さんは、お墓に関して、あまり多くを語らない。「あなた自身でお考えなさい」といわれるのが常だ。
気をつけなくてはいけないのは、「墓は仏教の専売特許」という私たちの思い込みを利用して利益誘導をはかる輩 (やから) がいることだ。
とりわけ問題なのは、袈裟 (けさ) と仏教用語を武器に、積極的にお墓を建てる人を取り込み、お金儲けに熱心なお寺さんの存在だ。
お寺さんに相談すれば、万事解決とばかりに、安易にお寺の門をたたくと、ろくにお墓のことをしりもしないお寺さんに、いいように、あしらわれ、だまされることになりかねない。
| ▼ 中国・日本で増えた仏事の回数 仏事と法事は同義語である。仏事は、もともと仏教行事のすべてを表す言葉であったが、いまでは、死者への追善 (ついぜん) 供養 (回向) を行う行事という意味にかわっている。 葬儀後に営まれる四十九日までの仏事、すなわち、初七日・二七日・三七日・四七日・五七日・六七日・七七日は、仏教に由来している。 しかし、百か日・一周忌・三回忌は、百日・小祥・大祥という儒教の葬制がとりいれられて中国で成立した。 それにつづく、七回忌・十三回忌・二十三回忌・二十五回忌・二十七回忌・三十三回忌・三十七回忌・四十三回忌・四十七回忌・五十回忌・百回忌・百五十回忌・二百回忌は、日本でつくりだされた。 これらの仏事を正当化するために、中国では、「閻羅王受記経」がつくられ、日本では、「地蔵十王経」「十王讚嘆鈔」「十三仏抄」「大成経」などが偽作された。 以上のことから、日本における仏教が、いかに先祖祭祀に熱心であつたかがよくわかる。仏事の回数を増やすことにより、お布施による増収をはかったとしかいいようがない。今日、「葬式仏教」と揶揄 (やゆ) さけるのは、むりからぬことである。 |
| ◆真宗門徒のお墓のつくり方 浄土真宗は、追善供養を認めない宗派です。お墓についても「人は亡くなれば極楽浄土に往生する。どうして墓石などに留まることがあろうか。あろうはずがない」として、きわめて消極的です。 年忌や墓前で経や念仏をとなえるのは、生かされていることに、報恩感謝をするためだとしています。 門徒の方から、お墓を建てたので、「魂 (たましい) 入れのお経をあげてください」と頼みにいったら、「そんなお経はありません」とお坊さんに断られたということをよく聞きますが、宗旨によれば、当然のことなのです。 このように、真宗門徒の方は、お墓について、お寺さんとかみ合わない事がままあります。どうしたらよいのでしょう。 それには、「墓は仏教の専売特許」という思い込みを完全に捨て去り、「墓は、風俗習慣・先祖信仰・民間信仰の産物」と割り切ることです。そうすれば、お墓づくりは、お寺さんに依存することなく、主体的に行うことができます。墓を建てれば、僧侶にお経をあげてもらい、その儀式を入魂式とうけとめればいいのです。在家の立場でお寺さんを利用させていただくようにするのです。 |
(この頁は、これにて終わり)
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